弁護士キャリアの多様化【コンプライアンス編】

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近年の弁護士キャリアの多様化には目を見張るものがあります。
新司法試験導入後、弁護士の人数が増えたことが理由だと言う声もありますが、それ以上に「採用する側が弁護士が持つスキル・能力の可能性の幅の広さに気づき始めた」という方が私にとってはしっくりきます。

採用側の需要増加だけでなく、弁護士のみなさんの方でもいわゆるトラディショナルな「法務」業務以外の分野にも興味を示す方が多くなってきたため、今後複数回に分けて「法務」(法律事務所と企業法務部)以外の分野で弁護士のみなさんの活躍の場になってきた(なってくる)領域のご紹介をしていきたいと思います。

第一回目は、「コンプライアンス」です。
数ある「法務以外の弁護士キャリア」の中でもコンプライアンスは比較的イメージがつきやすいのではないでしょうか。以下にコンプライアンス職の種類や、魅力、コンプライアンス職を選択したあとのキャリアなどご紹介していきますので、キャリアプランをたてる際の参考にしてください。

  1. コンプライアンス職とは
  2. コンプライアンス職の種類
  3. 規制業種 – 金融
    規制業種 – ヘルスケア
    非規制業種

  4. コンプライアンス職の魅力
  5. コンプライアンス職の今後
  6. まとめ

コンプライアンス職とは

コーポレートガバナンスの基本原理の一つで、一般に企業の「法令遵守」または「倫理法令遵守」を意味する概念。
※Wikipedia「企業コンプライアンス」より引用

いきなり他力に頼ってしまいましたが、コンプライアンス職を明確で簡潔に定義するのは非常に難しいと思います。
私は、「法令や規制、倫理などに配慮して、企業が健全に事業を行うことを管理監督すること」と定義しています。

まずは、以下に主だったコンプライアンス職の種類をご紹介します。

コンプライアンス職の種類

コンプライアンス職は規制業種と非規制業種に大別されます。
それぞれざっくりとどのような種類があるか紹介していきます。

規制業種 – 金融

規制業種は各社コンプライアンス担当を置くことが義務付けられているため、非規制業種以上に採用を目にする機会が多いのではないでしょうか。
規制業種の中でも金融は職種の細分化が最も著しい分野です。

証券(投資銀行部門含む)

証券コンプライアンスと一言で言っても、セントラル(会社によって、コアなど呼び名が異なる)コンプライアンス、インベストメントコンプライアンス、トレードサーベイランス、コントロールルーム、アドバイザリーなど多岐に渡ります。
アドバイザリーは対象の金融商品を扱った経験のある業界経験者に有利なため、弁護士が入る余地はあまりありません。

証券コンプライアンスは弁護士が少しずつ増えており、某大手外資証券は一部コンプライアンスファンクション採用の際には弁護士を優先します。

証券コンプライアンスとしてキャリアを積み続けるもよしですが、大手外資証券から、大手Fin-Techの法務・コンプイアンス部長になったケースもあります。

銀行

銀行コンプライアンスは証券に比べあまり募集件数は多くありませんが、その分経験者も少なく、他者との差別化が測りやすい分野です。
銀行コンプライアンスというとAML(アンチマネロン)が目立ちますが、規制一般を見るポジションもあります。
過去の例を見る限り、弁護士の方は規制一般のコンプライアンスに行かれる方がAMLに行かれる方の人数を上回ります。

私の知人弁護士も某外資銀行の規制コンプライアンスを経験し、今は独立して個人で仕事を取っています。
証券と比べると比較的ゆったりと長期で働く人向けです。

投資運用会社

多くの投資運用会社(アセットマネジメント)ではコンプライアンス人員が1 – 2名くらいのため、当局対応を中心にあらゆるコンプライアンス関連の仕事を担当することになります。しかし、だからと言って仕事内容が細分化されている証券コンプライアンスよりも忙しいわけではなく、むしろ概して投資運用会社のコンプライアンスの方がペースはゆったり目です。(ヘッジファンドは多少事情が異なります)

弁護士の参入も徐々にですが増えてきています。また、運用会社の弁護士の方の満足度は概ね高めです。

運用会社のコンプライアンスにご興味がありましたら、以下の記事もご参照ください。

【法務・コンプライアンス人材限定】オイシイ仕事は何?

生損保

保険会社のコンプライアンスポジション数は他の金融機関を大きく上回ります。しかしその多くは保険営業員の方々を現場レベルで見るコンプライアンスで、弁護士採用をした例は見たことがありません。(弁護士よりも保険営業経験者に適正のある仕事です)
しかし、その他にもコンプライアンス推進、モニタリング、体制管理等多くの仕事があり、これらは弁護士も採用対象であり、実際に弁護士が増えている分野です。

保険業界は金融機関では一番年収設定が低いものの、ジョブセキュリティの高さや大きいチームのマネジメント(必ずしも小さいチームのマネジメントよりもキャリアにおいて優位性があるわけではないものの)をする機会が多いことなどに魅力を感じ、希望する方も多くいらっしゃいます。

生保から損保やその逆に転職することも可能です。

Fin-tech

金融分野の最後はFin-Techです。Fin-Techはこれまで紹介してきた全ての金融業態を含み得るものではありますが、伝統的な金融機関と比べて働き方などが異なるため別項目にしました。

2021年6月時点では、Fin-Tech企業の多くは、決済・送金業務や仮想通貨ですが、投資運用アプリの提供サービスなども増えてきました。今後はもっとバラエティ豊かになっていくと思います。

Fin-Techの採用は数年前から急速に増加しています。2018年まではFin-Techへコンプライアンス職で移ろうという方は非常に少なかったのですが、その後徐々に増加し、今は一般的な転職オプションの一つになりました。
Fin-Techへの転職が不人気であった時に思い切って挑戦した人たちが、Fin-Techが(玉石混交とは言え)盛り上がってきた今、先行者メリットを享受しています。インハウス黎明期に多くの弁護士が様子見する中、法律事務所から企業に飛び込んだ弁護士が現在インハウスロイヤーのパイオニアとして人から羨まれるような地位で活躍されていることに似ていると感じます。

Fin-Techは今後会社数、ひいてはポジション数も増えるため、今のうちにearly adopterになっておくのも手です。また、伝統的な金融機関でもデジタルトランスフォーメーションなどの「改革」に際して新しいタイプの人材を外に求めることがあります。そうした際にFin-Techでの経験は訴求効果の高いアピールポイントになるでしょう。

規制業種 – ヘルスケア

もう一つの既成業種はヘルスケアです。ヘルスケアは大きく分けて製薬と医療機器があります。上記金融の章でFin-Techを項目に入れたのと同様の理由でMed-Techにも軽く触れます。

製薬

製薬(pharma)コンプライアンスは、金融コンプライアンスと比較するとまだ弁護士が少ない領域で、逆に言えば今入ることで先行者メリットを受けられる可能性が高い分野です。製薬や医療機器以外の業界から採用することは、非常に稀なため、一度経験を得たら同領域内での転職の際に競争にさらされにくいと言えます。
製薬コンプライアンスの中の数割は製薬営業出身者などを優先して採用するポジションですが、弁護士が入る余地も大いにあります。

給与レベルは一般的に保険業界と同程度です。証券などに比べると見劣りするものの、部長ポジションの席が多いことや、ジョブセキュリティの高さは多くの人にとって魅力的だと思います。

医療機器

医療機器(medical device)コンプライアンスも、製薬同様に弁護士がまだ多くありません。医療機器業界は、製薬業界と人材の行き来がありますが、一般的に製薬の方が規制が厳しいと言われます。このため、製薬と比べ、他業界からの採用(特に若手)に柔軟で、ヘルスケア業界に未経験で入っていきたい方は医療機器コンプライアンスを狙うのもアリでしょう。

給与水準やジョブセキュリティは製薬とあまり変わりません。

Med-Tech

Med-Techでのコンプライアンス採用はまだ非常に少なく、多くを語るに足るサンプル数がありません。しかし、Fin-Techコンプライアンスの採用が目立ってきたのが2015年頃で、現在活況であることを鑑みると、Med-Techコンプライアンスの採用熱が上がってくることは時間の問題かと思います。

ヘルスケア分野に興味のある方は、検討してみてはいかがでしょうか。

非規制業種

非規制業種は規制業種と比べ、コンプライアンスの重要性が低く、魅力に欠けるでしょうか。それは間違いです。規制業種と違い、コンプライアンス担当者を置く明文化された義務がないだけで、ある程度の規模がある会社であれば、今や必須ポジションです。

これまでは「コンプライアンス的なこと」を社内にいる複数の異なる職種の人たちが少しずつ分けて担当してきましたが、コンプライアンス業務の専門化が進んできたことや、自社コンプライアンスを包括的に見ることの重要性が高まってきたことから、コンプライアンス専任の採用が盛んになってきました。

非規制業種は無数にあり、全て書いていくとキリがないため、コンプライアンス採用の比較的多い以下の三業界に絞り、ご紹介します。

メーカー

メーカーは、ビジネスオペレーションが複雑で、外部ベンダー含め、多くのステークホルダーがいるため、不正が起きやすい業界です。また、海外に工場や営業拠点を置いている会社も多く、日系企業であれば、日本から睨みを利かす必要があります。

上記のようなことは弁護士であることが必須というわけではありませんが、FCPAやUKBAなど贈収賄絡みのコンプライアンス対応をはじめ、「法律を読める」必要があることが多く、法律の勘所を押さえた弁護士に優位性のある分野です。

IT

ITコンプライアンスで需要があるのは、情報セキュリティ絡みのコンプライアンスです。個人情報をどういった目的で、どの程度まで使用するかや、どのように漏洩防止するかなどをエンジニアやビジネスサイドと一緒に考えます。また、新しいテクノロジーを使ったサービスが内包し得る未知のコンプライアンスリスクを未然にマネージすることも多くのIT企業でのミッションの一つです。

小売り

最後に小売りです。贈収賄、大所帯相手のコンプライアンストレーニング、内部通報関連が重要であることはもちろんですが、小売り業界は、労務コンプライアンスが重要です。労働基準法、労働組合法、最低賃金法、パートタイム労働法、男女雇用機会均等法、育児介護休業法、高齢者雇用安定法など、多くの関連法があり、コンプライアンス業務に求められる知識が深化している今、弁護士のみなさんに対する需要は高まっています。

コンプライアンス職の魅力

弁護士のみなさんにとってのコンプライアンス職の魅力は二つあります。
一つ目は、「一般的な法務業務と異なる」ころです。「法務とコンプライアンス職どちらが良いか」、と言う疑問に答えはありませんが、「法務職から少し離れて新しいことをやりたい、でも自分の専門性は活かしたい」という希望への答えの一つがコンプライアンスだと思います。
もちろん合わない人もいますし、万人にお勧めはできません。中には「コンプラインスの仕事は退屈」という弁護士の方もいらっしゃいます。しかし、コンプライアンスと言っても多種多様なコンプライアンス職があり、もしご友人がコンプライアンス職に就いていて、退屈だと言っていたとしても、その言葉が当てはまらないコンプライアンスポジションもたくさんあるはずです。

二つ目は、先行者メリットです。この記事の中でも何度か触れていますが、現在のコンプライアンスポジションへの弁護士の流入は、インハウス黎明期のそれに似ています。今後もコンプライアンスポジションの弁護士需要が増加していくことを考えると、今コンプライアンス職に就くことで、将来early adopterとしてのメリットを享受できるでしょう。

コンプライアンス職の今後

コンプライアンスへの注目度は日々高まっています。「企業はただ利益を生み出せばそれで良い」と言う考えから一歩も二歩も進み、利益を「どうやって」生み出すのかが問われる今、コンプライアンスへの注目度は増す一方です。既にコンプライアンスからの経営サイド(役員)ルートが増えてきていますが、SDGsとの絡みもあり、今後この傾向が強まることはあれ、弱まることはないでしょう。

弁護士のみなさんは、世に存在する過半数のコンプライアンス職へのスキル面での適性があります。コンプライアンスに興味のある方は次のキャリアステップとして検討してみるのも良いかもしれません。

補足情報として最新のコンプライアンスマーケットについては知りたい方はこちらをご参照ください。

まとめ

  1. 「法務以外」のキャリアを求める弁護士が増えてきている。
  2. コンプライアンス職は、「法務以外」の弁護士キャリアの代表格。
  3. コンプライアンス職は、大きく「規制業種」と「非規制業種」に分かれ、そこからさらに細分化される。
  4. 弁護士にとってのコンプライアンス職に就くことの魅力は、「法務以外」の職を経験できることと、先行者メリットの二つ。
  5. コンプライアンスからの役員ルートなどが増えてきており、今後も注目度が増すことが予想される。