人材採用トランスフォーメーション 【工夫と勇気で採用力を向上させる】

採用

もっと良い人材採用ができないだろうか

採用のお手伝いをしていて思うのは、多くの場合、採用要件は前例(前任者や、会社の採用実績)に則って、ややもすると機械的に決められているということです。前任者が、xの職務経験があり、yの業界経験があり、zの資格を持っていたら、今回の採用もそれに合わせるといった具合です。こうした人材サーチは(適任者が上手く見つかるかは別として)レジュメにx,y,zのキーワードが入っている人材を見つければいいだけなので、「ctr + F候補者サーチ」と呼んでいます。

こうした考えが一概に間違っているとは言いません。しかし、一見常識的に思える部分にこそ思考停止による隠れた機会損失があるのではないでしょうか。
今回は人材採用における思考停止の罠や、どうやって人材採用の質を上げるかを、人材採用トランスフォーメーションと題して、採用要件周りを中心に私見をお話していきます。

  1. もっとクリエイティブに採用を
    「クリエィティブ」とは
  2. 思考停止を続けると
  3. 時代の変化に乗り遅れる
    無用な競争にさらされる
    採用活動が長期化する

  4. How to トランスフォーム
  5. 心理的問題
    制度的問題

    採用ポジションの学習
    人材マーケットの理解
    見えないリンクの発見
    最重要要件の決定

  6. 採用成功例
  7. 金融ロイヤーが製薬シニア法務に採用された例
    事業会社勤務弁護士がコンサルのシニアポジションに採用された例
    営業経験のない非営利組織職員が営業職に採用された例

  8. まとめ

もっとクリエイティブに採用を

過去7年間ほどの人材採用を見ると、上記のような単純な要件定義による人材サーチが世の中の採用のほとんどを占めると言っても過言ではありません。
採用のお手伝いをしている会社だけでなく、恥ずかしながら自分が採用をする時にも意識しないとついつい前例主義的な考え方に陥っていることがよくあります。

「クリエィティブ」とは

ここで言う「クリエイティブ」とは、「募集ポジションで必要とされているミッションを遂行するにあたり本当に必要な人材とは何か考える」ことです。

当たり前だろう。どこがクリエィティブなんだ。

と言われそうですが、果たしてそうでしょうか。
例えば以下のようなことに身に覚えがありませんか?

  • 採用要件を決める際に、前回採用したJD (Job Description)を再確認せずに再利用している。
  • 自社がメーカーだからという理由だけでメーカー経験を必須要件にしている。
  • 今まで男性(女性)しか採用していなかったから、今回も男性(女性)を採用する。

こうしたctr + F的サーチは、そこから漏れる大勢の適任者を見逃すことになります。
ctr + Fサーチは一面では有効です。しかし職責、各業界の定義、業界間の境界など様々な要素が複雑化していく中、もっと本質(採用ポジションに何が必要か)を考えて採用する癖をつけていく必要があります。

思考停止を続けると

それでは「クリエイティブ」にならないで思考停止したままctr + F候補者サーチを続けているとどのような弊害があるのか見ていきましょう。

時代の変化に乗り遅れる

同じ呼び名のポジションでも時代によって要求されるスキル・経験が変わります。もし前例に囚われた採用を続けていたらこうした変化に対応できないでしょう。

法務エリアで例を挙げます。近年法務では、予防法務(法的な問題が起こるリスクを事前に想定し、未然に防ぐための取り組み)の重要性が高まっています。このことから、例えば重機メーカーで法務を採用するとしても、「重機メーカーで法務を経験してきたが、予防法務には明るくない人材」よりも、「重機メーカーでの勤務経験はないが、予防法務に明るい人材」(前例に従ったctr + F サーチでは弾かれる)の方が実際は適任であるというケースが大いにあり得ます。

こうした事実があっても頑なに前例にこだわる企業が少なくないのは非常にもったいないです。

これに加え、「既存のポジションの変化」だけでなく「今まで存在しなかったポジションの出現」も見逃せません。

例えば、一昔前は「Webマーケティング」なんて仕事は皆無でした。もしそうした状況でWebマーケティングのポジションの採用をしなければいけないとしたらどうやりますか?
「Webマーケティング」は新しい概念なので、当然既に経験がある人はいません。となると、Webという部分を除いて「マーケティング」というキーワードでctr + F人材サーチをする会社が少なくないのではないでしょうか。それも一つの方法だと思いますが、もしかしたら自分で趣味のブログをやって訪問者数を伸ばそうとしている人の方が「Webじゃないマーケティングをやっている人」よりも向いているかもしれません。このような場面では、想像力を使ってどういう人材が真に採用需要を満たせるか、前例に頼らず考えて行動に移す必要があります。

無用な競争にさらされる

前例主義的な人材サーチをする企業が大多数と書きました。つまり、右に倣えで同じ探し方をすると、よほど特殊なポジションの採用でない限り、多くのライバルと同じパイ(人材)を奪い合うことになります。
それが本当に採用ポジションで必要な人材なのであれば仕方がありませんが、少しクリエイティブになって、採用要件の前例に沿わなくても採用ポジションの要求に合致する人材像を導き出す努力をすることで、無用な競争から抜け出せるかもしれません。

採用活動が長期化する

前例主義的なctr + F人材サーチは、候補対象になる人材が少ないため、採用活動が長期化しがちです。リクルートメント会社に依頼しようが、たくさん広告を打とうが(希少性の原理に反することから得てして逆効果になりがち)、いないものはいない(いても応募希望者がいない)です。

ここで「良い人が出てくるまで待つ」ことを選択する企業が多いですが、通常採用は時間を掛ければ掛けるほど「良い人材」の獲得から遠ざかります。今は、ジョブマーケットへの感度が高い人材が増えてきており、採用が長期化しているポジション/企業は、「人材が見つからないネガティブな理由がある」と思われてしまうことが理由です。

待ち続けることで、当初設定した採用要件に合う人材の獲得に漕ぎつけることもあります。しかし、運に依るところが大きいため、結局「クリエイティブに」前例主義から離れた要件に設定変更せざるを得ない状況になり、本当に必要な採用要件を考え直して再度人材サーチをやりなおすことが珍しくありません。この遠回りに掛かるコスト(広告費、自社採用担当の人件費、採用できるまでの社内カバーコスト等)は膨大です。

How to トランスフォーム

ではどうやったら、もっと採用をクリエイティブにし、機会損失を防げるでしょうか。
具体的な方法をご紹介します。まずは、何が我々を前例に縛り付けているか見ていきましょう。

心理的問題

人間は新しい習慣を身につけることが苦手な生き物です。その反面、過去にやったことのあることは半自動化された作業として行えます。
つまり前例というバイアスから自由になり採用要件を設定するためには、かなり意識して変化を起こさないといけません。

さらには、あなた一人だけでなく、他のステークホルダー(あなたの上司、採用担当者、Hiring Manager、代表、etc.)の意識改革も必要です。言葉は悪いですが、採用が始まる前から日頃の根回しなどを通して関係者の理解を促しておくと良いでしょう。

また、ctr + Fサーチは絶対悪ではないので、前例を踏襲した採用要件と「クリエイティブな」要件の両睨みでサーチを進めるのも手です。保険があれば他のステークホルダーの理解も得やすいはずです。

制度的問題

採用担当をする人(Talent Acquisition、部門マネージャー等)への評価制度も採用要件を「今までと同じ」にする要因の一つです。

多くの会社の採用担当者にとって、採用を大成功させた時(採用した人材が入社後期待以上のパフォーマンスをした時)の評価インセンティブは小さいにも関わらず、採用が失敗した時(採用した人材の入社後パフォーマンスが期待を下回った時)に評価に響く不利益が大きくなっています。

しかし、前例を踏襲した要件で採用活動する限りは、採用が失敗したときにも責任を問われにくい構造であることが多いため、採用要件設定において、「工夫して新しいアイディアを出す」ことにリスクはあれどリターンがないということになります。

これに対しては会社の経営層なども関与して、採用担当者が「本当に活躍できる人材獲得のための工夫」を思わずしたくなる制度を作っていくしかないです。規模の大きい会社であれば、HRBPが採用現場と経営側の架け橋になって動いていく必要があります。

上記のような縛りから少し自由になれたら、早速実際的な採用要件の定義をしていきましょう。
基本ステップは以下の通りです。

採用ポジションの学習

まずは採用ポジションについて学ぶことが重要です。ポジションをしっかりと理解しないことには、採用要件の決定は不可能です。
あなたが複数の職種の採用を担当している場合は、一つ一つの職種について勉強している時間はないと思います。そうした場合には、その分野を担当している外部リクルーターに助言を求めるのが効率的でしょう。

また、もしあなたが部門側(部下を採用しているなど)で、仕事内容について熟知している思っていても、仕事内容を再定義することで新しい発見があるかもしれません。
後述しますが、私自身自分のチームへの採用に際して、自分のしている仕事への先入観や「理解しているつもり」になる思考停止から逃れるべく、一から採用要件を定義し直すことで採用に成功した例があります。

人材マーケットの理解

次に、人材マーケットについて知る必要があります。当然ながら、どんなに理想的な採用要件を考えたとしてもそうした人材が存在しなければ採用は不可能です。

募集ポジションの候補者になり得る人は、採用要件と合致する + 人材マーケットにいる(そして自社に興味を持ってくれる)という二点を満たす必要があるという基本を忘れ、供給側(人材マーケット)の実態に合致しない要件を設定し、絶対に当たらない鉄砲を撃ち続けるケースが散見されます。

たびたびリクルートメントファームの宣伝みたいになって心苦しいですが、人材マーケットの実態把握においても外部リクルーターと話すことが有効です。

見えないリンクの発見

採用ポジションにどういった人材が必要か本質的なことを考えていくと、「採用ポジションの仕事内容」と「適正人材の経験内容」の間の一瞥しただけでは見えないリンク(関連性)を見つける必要があることに気づきます。

例えば、製薬業界のコンプライアンス担当を探している場合、金融コンプライアンスの経験者も選考対象にしてみると良いかもしれません。前述したctr + Fサーチのように採用要件キーワードを機械的に設定すると「製薬コンプライアンス」という非常に小さいプールから人材採用をしなければいけなくなりますが、採用ポジションの理解と、人材マーケットの把握が十分であれば、製薬業界と金融業界はどちらも規制業種、という「リンク」を発見できます。
これによって、より大きい人材プールから候補者を探すことができ、ひいては採用ポジションにより適性のある人材を獲得することにもつながります。
※各社事情が異なるため、上記は金融コンプライアンス人材が常に製薬コンプライアンスで活躍できることを保証するものではありません。

最重要要件の決定

最後に、上記の三点を踏まえて、採用ポジションに本当に重要な要件は何かを決め(少なければ少ないほど良い)、必須募集要件に落とし込みます。この作業では何を必須要件から外すかも重要です。採用の純度を高くするには、なんでもかんでも要件に付け加えるのではなく、「引き算」をうまく行う必要があります。

採用成功例

実例があった方がイメージがつきやすいと思うので、最後に人材トランスフォーメーションによって前例に囚われないことで採用が成功した例を3つご紹介します。

金融ロイヤーが製薬シニア法務に採用された例

大手法律事務所で一貫して金融機関のクライアント企業に法務アドバイスをしてきた方が、大手外資製薬会社のNo2にあたるシニア法務ポジションに採用された例です。
製薬会社の法務は製薬、または医療機器業界から採用されるケースが多いですが、この会社は採用マネージャー(法務部長)が「製薬業界特有の決まり事はキャッチアップが可能だが、ベースとなる法務業務の勘所、バランス感覚はそうではない」という考えのもと、候補者の経験業界は要件に入れず、広い意味での法務スキルとチームフィットを重視しました。
この採用は私がお手伝いしたので、採用後の活躍について会社からたくさん聞いていますが、曰く「採用が大成功した例」とのことです。
もし出身業界を必須要件にしていたら、少ないプールの中で人材を探すことになり、今回のような素晴らしいタレントに巡り合うことはなかったでしょう。

事業会社勤務弁護士がコンサルのシニアポジションに採用された例

事業会社に勤務されていた弁護士がコンサルの非常にシニアなポジションに採用された例です。二桁名が在籍するリスク関連コンサルティングを行う部署のNo2にあたるポジションで入所され、その後間もなく部署全体のトップになりました。
この方は以前コンサルの経験があったものの、直近では事業会社勤務であったため、コンサルでの「超シニア」ポジションの採用対象からは外れるのが通例です。(シニアなポジションになればなるほど採用がコンサバ・前例主義的になる)
しかし、この方の持つ法務知識の専門性(リスクコンサルに有用)、ビジネス感度の高さ、コミュニケーション能力、営業力、強いリーダーシップなどから、異例の採用となりました。

採用された後の活躍は目覚ましく、営業成績の急上昇は言うに及ばず、会社のブランディング、質を上げながらの部署の拡大や、部下の高い満足度の維持など、上げればキリがありません。
もしこのコンサル会社がコンサバに「競合他社の同一エリアをカバーしている人」を必須条件に採用していたら、どれだけの機会損失があったでしょうか。

営業経験のない非営利組織職員が営業職に採用された例

最後は私の採用経験についてです。リクルーターとの関わりがある人は分かると思いますが、リクルートメントファーム(特に外資)の営業職は、絵に描いたようなパリピが多く、話好きで押しが強い人が多数を占めます。
しかし、数年前にそうした常識にまったく当てはまらない人材を採用しました。彼女は、営業経験がないのはおろか、営利組織での勤務経験もなく、落ち着いた性格で口数少なめの、およそ「外資リクルーターらしい人物」ではありませんでした。
しかし、私は彼女の採用を会社に強く進言しました。理由は、リクルートメントの営業職の本質を考えてポジションを再定義した時、押しの強さは重要ではなく、「相手の話を共感を持ってしっかりと聞き、理解した上で、耳障りの良いことも悪いことも助言できるアドバイザー」であることが必須であると考えたためです。
彼女は聡明で、道徳的、自分が損をしても相手の利することを話せるという印象を選考過程で受け、前述の要件を完璧に満たせると思いました。
結果、彼女はコロナ禍でリクルートメント業界が低迷した2020年の年間成績で会社一位を記録しました。押しが強いだけのリクルーターが苦戦する中、彼女の仕事への真摯な姿勢が生んだ結果だと信じています。

この採用においても、もし私がリクルートメント業界の過去の採用成功例に従い、「営業経験豊富で、元気で、押しの強いパリピ」を採用していたらこう上手くは言っていなかったでしょう。

まとめ

  1. 採用要件設定は前例に縛られ、思考停止しがちで、機会損失を招く。
  2. 少しの工夫と、新しい考え方を持つ勇気で採用の質は上がる。
  3. 採用トランスフォーメーションを実現するには会社全体の理解と意識改革が必要。
  4. 採用力を向上させるには、採用ポジションと人材マーケットの両面を理解し、本当に必要な要件を設定することが重要。

この記事が御社採用の役に立つことを願っています。