【海外勤務】シンガポールのキャリア事情 3(全3回)

キャリア 転職

シンガポールのキャリア事情シリーズも最終回となります。
第一回、第二回ではマクロ視点から一般論について触れましたが、最終回では個別具体的なケースの紹介をしていきたいと思います。

最後に今後のシンガポールでのキャリア形成がどうなっているか私見もまとめましたので、よろしければご参照ください。

※前回、前々回の記事は以下のリンクからどうぞ。
第一回
第二回

  1. シンガポールで働く人々 – 日本人の場合
  2. ケース1 NY州弁護士 Aさん
    ケース2 企業人事担当 Bさん

  3. シンガポールで働く人々 – シンガポール人の場合
  4. ケース3 APAC General Counsel Cさん
    ケース4 Global Head of HR Dさん
    ケース5 APAC HR Manager Eさん

  5. シンガポールでのキャリア形成の今後
  6. 採用需要
    ビザ
    競合の増加
    結論

シンガポールで働く人々 – 日本人の場合

実際にシンガポールで働く日本人について、シンガポールに移った経緯を交えてご紹介いたします。

ケース1 NY州弁護士 Aさん

Aさんは、日本で長らく法務として活躍されてきた方です。
外資の一流企業を中心に勤務。どこの会社からも重宝されていた一方、正当な評価を受けていませんでした。

より責任のある職位、働きに見合った給与などを得られるよう、日本国内でやれることはやったものの実らず、日系企業のシンガポール現地採用職に応募、見事内定を勝ち取りました。

日系企業の現地採用は、雇用条件があまり魅力的でなかったり、次に繋がらない仕事内容(日本担当デスクのような調整業務)も多くない中、Aさんは、シンガポール国内で他社への転職を成功させました。

転職先の米国ソフトウェア企業では、今までにない高報酬(日本時代の倍近い金額)を獲得。仕事にもやる気が出て、益々パフォーマンスを発揮。会社で認められ、希望を出した別の国への異動も受け入れられ、2024年内に引っ越しをする予定です。

補足:
Aさんは、英語がネイティブなわけでも、海外勤務経験があったわけでもありません。泥臭くシンガポールの求人にたくさん応募することでチャンスを掴みました。面接という打席に立たないことには始まらないので、これはシンプルでいて、非常に効果的です。
また、転職成功後の努力も並大抵ではないはずです。日本よりも簡単に解雇されるシンガポールで何年も生き残り、評価を得て、他国への異動を許可されるというのが、それを証明しています。

一方、Aさんはシンガポールでの生活に完全には満足していませんでした。真面目にやるAさんが割りを食う職場環境(これはシンガポールではなく、勤務している会社が原因かもしれませんが)、現地慣習とのミスマッチなど、フラストレーションも抱えていました。

それでも、キャリアを切り拓くきっかけになったシンガポールへの転職は後悔していません。Aさん曰く、「日本人は勤勉に働くから他の人でも私と同じように評価される。もっとみんな海外転職にチャレンジした方がいい」とのことでした。Aさんを知る私としては謙遜にしか思えませんが、興味があったらチャレンジすべき、という点には賛成です。

ケース2 企業人事担当 Bさん

Bさんは、日本の外資系企業で人事部採用担当として活躍してきました。英語にも堪能で、日々のパフォーマンスも高く、会社からも正当な評価を受けていました。

以前から海外勤務に興味のあったBさんは、時差があまりなく、カルチャーギャップも比較的小さそうなシンガポールにターゲットを絞りました。勤務先企業がシンガポールにもオフィスを持っているため、社内異動の可能性を探ることにし、シンガポールの同僚とのコネクションを築きながら、現地の状況、採用需要などの情報を集めました。

しばらくして、シンガポールで自分に近い人物像への需要があると知り、東京オフィスの上司にシンガポールへの異動希望を出します。Bさんの上司は理解がある人だったため、Bさんの希望を叶えるべく、日本の社長、シンガポールの関係者と調整し、間もなくBさんのシンガポール異動が決定しました。

Bさんの会社は異動の際に現地物価や税制に合わせて給与を調整するため、シンガポール異動に伴い給与も上がりました。一方、飽くまでも現地事情に合わせた調整のため、生活レベルが向上した実感はなかったそうです。

シンガポールで数年働き、最初は目新しさがあったものの、すぐに慣れて飽きてしまい、結局転職をして日本に戻ってきました。

補足:
職種により、海外転職のしやすさが大きく異なります。採用担当は海外転職難易度が非常に低い分野です(前述の法務は少数の例外を除き、現地法知識と実務経験が重視されることから難易度が高い)。一方、採用は、国や地域が違ってもやることに比較的差異がないため、飽きにも繋がります。Bさんがその好例です。Bさんの会社は世界中どこのオフィスでも比較的企業文化が統一されていたのも外国で働く新鮮味が薄かった理由の一つです。

Bさんのシンガポール勤務が成功だったか失敗だったかはさておき、転職を試みる前に社内異動で希望を叶えようとするのは良いやり方です。転職と違い、積み重ねてきた実績や信頼を評価に加味してもらえるため、非常に有利です。

シンガポールで働く人々 – シンガポール人の場合

ここでは、シンガポールで働いているシンガポール人のケースを紹介します。
シンガポールで「国内勤務」をしているローカル目線からの話は、シンガポールでのキャリアを考えている私たちの参考になるはずです。

ケース3 APAC General Counsel Cさん

Cさんは、米金融最大手の一角でAPACのGeneral Counselを長きに渡り勤めています。人柄も素晴らしく、誰からも好かれる方です。

しかし、一見理想的なキャリアを歩むCさんにも思うところがあります。それは、まさに一行目に書いた部分です。Cさんは、長い期間APACのGeneral Counselとして活躍しています。つまり、長い期間昇進していないのです。

Cさん曰く、「何人もの人に追い抜かれてきた。自分よりも職歴の浅い、社歴の浅い、年齢の若い人がどんどん自分よりも昇進していく。シンガポールにいる限り、glass ceiling(ガラスの天井)がある」。

欧米系外資に勤める日本人から見たらシンガポールは一つ上の階層、憧憬の念を抱く人も少なくありません。ですが、シンガポールも所詮本社ではなく、キャリアには限界があります。

Cさんの場合は、米国へ異動すればさらに上のポジションも狙えたでしょう。しかし、自国が大好きなCさんはその選択肢を取りませんでした。

上に行くだけがキャリアの正解ではない。自分の価値観やアイデンティティなどのバランスを取ってキャリアを考える。
そうした意味では、不満はあれど、CさんはCさんにとっての「正解のキャリア」を歩んでいるのかもしれません。

ケース4 Global Head of HR Dさん

Dさんは、私が知る限り投資運用会社の人事で最も成功したキャリアを歩む一人です。最高のブランド力とAUMを持つ米系アセットマネジメントでのAPAC Head of HRを歴任されてきました。加えて、人物的にも魅力的な方で、今回のシンガポール渡航では、4,5年ぶりの連絡だったにも関わらず、大切な夜の時間を取ってディナーをご一緒してくださいました。

Dさんも、一見なんの不満もなさそうなキャリアですが、Cさん同様に「APAC Head」以上に進めない見えない壁に悩まされてきました。これは日本でなんらかの部署のヘッドをやられている方なら同意されると思いますが、職位や給与だけでなく、上位オフィス(日本から見たシンガポール、本社など)の都合と自国の事情を調整するというのはなかなか神経のすり減る仕事です。Dさんの場合も例に漏れず、「いつかは本社機能でヘッドの仕事をしたい」と思ってきました。

そこで、Dさんは、シンガポール企業に転職をしました。現在は、国を代表とするアセットマネジメントのGlogal Head of HRとして活躍されています。

担当範囲をAPAC -> Glogalと規模を拡大したことで、大変なことも増えたものの、嫌な大変さではなく、やりがいに繋がっているようです。

ケース5 APAC HR Manager Eさん

Eさんは、大手米金融のAPAC HR Managerです。テクノロジーに定評のある、米国内業界2位の会社で活躍中です。若くして責任ある地位に就き、多くのプロジェクトを任されています。
レジュメを見たら、キャリア的には「成功」とみなされるでしょう。

しかし、Eさんは、日本への転職を希望しています。
APAC HR Managerとして、シンガポールのみならず、日本も担当しており、日本の給与水準と、仕事内容、量等を知り、「羨ましい」と思ったそうです。

Eさんは、長時間勤務、土日対応等、非常にハードに働いています。
一方、給与は意外とリーズナブル。

シンガポールはビザや言語(英語・中国標準語)である程度自国民の雇用が守られている一方、日本に比べたら海外から人が入っていきやすい市場です。言語も英語ができれば最低限の要件を満たせるため、世界中から多くの優秀な人材が流入し、厳しい競争にさらされています。

日本で競争がないとは言いませんが、日本語バリアや、前例を踏襲する雇用側の姿勢から、我々日本人は雇用において国際的な競争から守られているのが現実です。

ある程度以上のスキルと英語力を持った人であれば、給与、労働時間等の諸条件が揃った仕事を得ることは他国に比べて容易で、そうした意味では日本ほど「コスパ」の良い国はなかなかありません。

Eさんは、人事として日本と関わる中でそこに気づき、日本への転職を希望されたというわけです。
残念ながら前述した理由(特に言語)によって、Eさんの希望が叶う可能性は非常に低いでしょう。

シンガポールでのキャリア形成の今後

最後に、今後シンガポールでのキャリア事情がどうなっていくか、私の予想を簡単に書いていきます。

採用需要

まず、シンガポールの採用需要(ホワイトカラー限定)は、伸びていくように思います。
前回の記事でも書いたように、香港が欧米企業のアジアハブとしての存在感を落とす中、シンガポールに機能を移す企業が出ことが予想されるためです。

個人的には香港から日本にAPAC本社が移ってくると嬉しいのですが、それは恐らく難しいでしょう。

ビザ

一方、採用需要が増えても、シンガポールへの転職が簡単になるとは限りません。大きな理由の一つが、EP、PEP(シンガポールの就労ビザ)取得の難易度が上昇していることです。

給与要件の引き上げや、スキル要件の追加、変更があるのは、ニュース等で知っている方も多いと思います。シンガポールの採用担当者へのインタビューでも、「今後は自国内採用にかじを切る」と答えた方が多かったことから、シンガポールへの転職は、益々難しくなっていくことが予想されます。

EP要件参考リンク

PEP要件参考リンク

競合の増加

加えて、今まで海外に出てこなかった経済発展途上国で、海外留学や海外就労の機会を得る人が増えていくことも見逃せません。
これらの国は高度な教育を受けた人にとって、国内で満足のいく仕事が少なく、海外流出する傾向にあります。その際のオプションとしてシンガポールが挙がってくるのは想像に難くありません。
また、高等教育がすべて英語であることも多いため、言語的にも日本に対して優位性(シンガポールで就労する場合の)があります。

UNESCO、過去20年での高等教育への就学率:中南米、東南アジアを中心に増加。倍増。

結論

しばらくの間、シンガポール転職の難易度が上がっていくことが予想されます。
自社内での異動も、現地求人への応募も、中長期戦になる可能性が高いため、興味のある方は、すぐに行動されることをお勧めいたします。

10月に再度シンガポール出張があるので、その時にも情報収集予定です。前回会わなかった人と会い、また新しい話を聞いてくる予定です。共有できる話がありましたら、また記事にいたします。

また、もしシンガポール就労経験がある方で、お話を共有してくださる方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。

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